平成最後の年、人生のハイライト

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かなり久しぶりにブログを書こうかなと思い、重い腰を上げた。

せっかく平成最後なのだから。

平成31年を数カ月過ごしたら後は何かに変わったしまう。

時代が変わるのは突然だ。

平成の始まりに僕は生まれ、平成の時代の中を生き、平成の終わりを見届ける日が差し迫っている。

僕の人生はなかなかのハードモードだった。

生まれたのは同級生もいない山まで徒歩5分といくクソ立地のど田舎。

そんな中で、人格とコミュ力、社会性などの基礎が決まるなんでも吸収する多感な時期を「他人」という存在と大して触れ合わず過ごしてきた。

コミュ力と社会性なんかゴミみたいなもので、今の僕を知っている人にそれを話すと
絶対に嘘だと信じてもらえないが。

学生時代は18年間、ほとんど誰ともまともなコミュニケーションを取らずに過ごし、
俺はこのまま誰とも触れ合わずに、死んでいくのかと思っていた。

というか死のうと決めていた。

しかし高校3年の時何を思ったか、東京に行こうと決めた。

多分拗らせた青春時代を取り戻そうと本能的に動いたのかもしれない。

なんとか生き延びた。

そして大学に入り、少しの友達と社会性とコミュ力を手に入れた。

初めて彼女も出来た。

傷付けてしまいお別れをしてしまったが。

しかし、人生で大切だった時間の一つだったかもしれない。

その後、やはり音楽がやりたくなり、大学を中退させてもらい、専門学校へ。

バンドがやりたかった。

そこでやっとバンドができた。

楽しかったし、一生仲良くしたいと思える友達もたくさん出来た。

そして、また彼女も出来た。
自分にはもったいないほどの人だった。
これほど人を好きになれるのかというほどに好きな人だった。

卒業後はバンドも組み、バイトをしながらひたすら音楽のことを考えていた。

ライブハウスに出るようにもなり、そこでもたくさんの友達ができた。

こんなにいい奴らがいるのかと思った。

こんなに友達が出来るとは人生で一度たりとも思わなかったから、少し泣いたある日のことを覚えてる。

一般的に皆が過ごす「青春時代」がぽっかり抜けていた俺は遅れてきた青春を謳歌していた。

しかしバンドで飯を食っていくことはもちろん難しく、バンドは自然的に消滅してしまった。

悲しかったが、彼女も支えてくれていた。

一緒にバンドもやっていたし。

その後は就職をした。

ぶっちゃけ何となく面接受けてなんとなく受かったので、挑戦してみようと入社を決めた。

給料は安いがなんとか頑張ってみようと思った。

SEなんて技術職だ、実力がつけばつくほど、だ。

就職した最大の理由は、結婚したかったんだ。

彼女とはもう何年もの付き合いだった。

だから社会人のスタートが26歳と遅かったけれど、給料も安いけれど、頑張ろうと思った。
バンドを、音楽をやらなくなったから、より彼女のために生きようと思った。

少しずつ社会人らしくなってきて、去年結婚した。

結婚なんて出来ないと思っていた人生だったからとても嬉しかった。

でも、自分の力不足、考えの甘さがあった。
甘い日々の代償を支払うこととなった。

今年の夏、平成最後の夏に僕らは離婚した。

たくさんの人を巻き込み悲しませてしまった。

何より彼女を悲しませてしまったことがこの人生で最大の後悔だ。

今も悲しみを反芻させている。

そんな平成最後の年が終わろうとしている。

僕の平成は終わる。

もう少しで終わる。

自分には勿体ない人生をこの10年間で凝縮して体験させてもらった。

それも君とお前とあなたのおかげだった。

次の時代も俺は生きられるだろうか。

平成最後が終わる。

僕の生きた時代が終わる。

僕に生きた意味を宿した時代が終わる。

新しい時代も生きられるだろうか。

次の元号は何になるんだろう。

平成が終わったら、僕は会いたい人みんなに会いに行きたい。

おやすみ。

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